浦和地方裁判所 昭和54年(行ウ)11号 判決 1983年2月28日
原告 上野廣
右訴訟代理人弁護士 細田初男
同 田中重仁
被告 小久保正男
右訴訟代理人弁護士 湯浅実
同 真下良子
主文
原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は、埼玉県比企郡滑川村に対し、金四三七万九七二二円及びこれに対する昭和五四年九月八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 原告の主位的請求を棄却する。
2 原告の予備的請求を却下する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 当事者
原告は、埼玉県比企郡滑川村の住民であり、被告は、滑川村の村長の職にあった者である。
2 主位的損害賠償責任(違法に財産の管理を怠った事実)
(一) 滑川村は、昭和四九年六月一二日、埼玉県及び訴外東武鉄道株式会社(以下「東武鉄道」という。)との間で、武蔵丘陵森林公園周辺整備事業にかかる森林公園駅北口交通広場の整備について協定を結び、昭和五〇年七月二五日、その協定に基づいて、東武鉄道から同会社所有の東武東上線森林公園駅北口交通広場約七五〇〇平方メートル(以下「駅前広場」という。)を無償で譲り受け、昭和五一年七月二〇日その所有権移転登記を経由した。
(二) 滑川村は、東武鉄道から駅前広場の引渡しを受け、これを管理するに至ったが、その維持管理に莫大な費用を要し、滑川村の財政を圧迫することが予測されたことから、滑川村は、昭和五〇年七月ころ東武鉄道との間に、駅前広場に隣接する東武鉄道所有の別紙物件目録記載の土地部分二九七平方メートル(以下「本件土地」という。)について、次の約定による使用貸借契約を結び、そのころ東武鉄道から本件土地の引渡しを受けた。
(1) 期間を一か年とする。
(2) 使用料は無償とする。
(3) 滑川村は、本件土地の使用権限を適切に管理運用して、駅前広場の清掃費用等に充てるべき金員を捻出し、村財政の一助とする。
(三) ところで、滑川村が東武鉄道との間の使用貸借契約に基づいて取得した本件土地に対する使用権限(以下「本件土地の使用権」という。)は、期間を一か年とし、使用料を無償としたものではあるが、滑川村は、昭和五〇年七月ころ東武鉄道との間に、前記協定の締結に関連して、「本件土地は駅前広場の清掃費用等の捻出用地として、東武鉄道から滑川村に寄附することとし、駅周辺の整備等を実施するときにこれを実行する。」などと約定し、その実行に至るまでの間、過渡的に本件土地について使用貸借契約を結び、その貸借契約を更新してきたのであり、また、滑川村は、東武鉄道から本件土地の使用権についてその運用を任され、現実にこれを他に賃貸して収益を得ていたのであるから、本件土地の使用権は、実質的にみて所有権に近似した物権的性質を有していたものであり、地方自治法(以下「法」という。)二三八条一項四号の規定による「地上権に準ずる権利」に該当し、滑川村の公有財産に属するものであった。
(四) 被告は、滑川村の村長として、公有財産の管理事務を担任する者であった(法一四九条六号)から、滑川村の公有財産であった本件土地の使用権について、常に良好の状態においてこれを管理し、その所有の目的に応じて最も効率的にこれを運用しなければならない義務を負い(地方財政法八条)、条例又は議会の議決による場合でなければ、これを適正な対価なくして貸し付けてはならない義務を負っていた(法二三七条二項)。
(五) ところが、被告は、滑川村の村長として、みずから発起人・株式引受人となって設立した上、その代表取締役に就任していた訴外株式会社滑川観光サービスセンター(以下「滑川観光」という。)に対し、昭和五〇年七月三〇日から昭和五三年九月三〇日まで、本件土地を無償で使用させ、滑川観光は、これを第三者に使用させて、第三者から営業料という名目で、昭和五〇年度に二二万〇六〇三円、昭和五一年度に一七一万九一一四円、昭和五二年度に一三二万八三二一円、昭和五三年度に二〇九万七四二七円(合計五三六万五四六五円)の支払を受け、これを取得した。
(六) すなわち、被告は、滑川村の村長として、本件土地の使用権を適切に運用し、本件土地を第三者に貸与する場合には適正な対価を取得するなどして村財政の保全を図るべき義務があったのに、これを怠り、前記の期間本件土地を滑川観光に無償で使用させたのであるから、被告は、職務上の義務に違反し、違法に本件土地の使用権の管理を怠ったものというべきである。
(七) したがって、被告は、被告の違法に財産の管理を怠った事実によって滑川村が被った後記の損害を滑川村に対し賠償すべき義務がある。
3 予備的損害賠償責任(違法な契約の締結)
(一) 被告は、滑川村の村長として、昭和五〇年七月ころ滑川観光との間に、本件土地について、滑川村がこれを滑川観光に無償で貸し付けるとの使用貸借契約を結んだ。
(二) しかし、被告が滑川村の村長として滑川観光との間に(一)の使用貸借契約を締結した行為は、次のいずれかの理由により違法なものであった。
(1) 地方公共団体は、その財政の健全な運営に努める責務を負い(地方財政法二条一項)、被告は、滑川村長として、「会計を監督すること。財産を取得し、管理し、処分すること。その他滑川村の事務を執行すること。」を担任する(法一四九条)ところ、法一四二条は、職務執行の公正を確保するため、村長が当該村と経済的利害関係のある私企業へ関与することを禁止している。
ところで、滑川観光は、滑川村から森林公園駅前広場の清掃事業などを請け負っていた株式会社であったから、被告が滑川観光の代表取締役に就任したこと自体法一四二条の規定に違反するものであった上、被告は、村長として本件土地を滑川観光に無償で貸し付けることとしたのであるから、被告のした使用貸借契約締結行為は、地方財政法二条一項、八条及び法一三八条の二の各規定に違反し、違法なものであった。
(2) また、被告は、滑川村の村長であるとともに滑川観光の代表取締役であったから、被告のした使用貸借契約締結行為は、双方代理を禁止した民法一〇八条の法意に違反し、違法なものであった。
(3) 更に、地方公共団体が締結することのできる随意契約は、財産の貸付の場合、予定賃借料の年額が三〇万円を超えないものに限られる(法二三四条一、二項、法施行令一六七条の二第一項一号)ところ、滑川観光が第三者から営業料として取得した金額が前記2の(五)のとおりであったことに照らしても、本件土地の適正賃料は年額三〇万円をはるかに超えるものであったから、これを貸し付けるとしても、随意契約によることはできないものであった。
それなのに、被告は、村長として滑川観光との間に随意契約の方法により(一)の使用貸借契約を結んだのであるから、被告のした使用貸借契約締結行為は、法二三四条一、二項、法施行令一六七条の二第一項一号の各規定に違反し、違法なものであった。
(三) したがって、被告は、被告のした違法な契約の締結によって滑川村が被った後記の損害を滑川村に対し賠償すべき義務がある。
(四) なお、被告は、原告の予備的損害賠償責任(違法な契約の締結)を原因とした損害賠償請求が手続上の要件を欠き、不適法なものであると主張するのであるが、これが適法なものであることは、後記のとおりである。
4 滑川村の損害
(一) 本件土地は駅前広場に面した一等地であり、滑川村が本件土地を直接第三者に貸し付けるなどして、これを最も有効に運用した場合には、滑川村は、控え目に見ても、滑川観光が昭和五〇年七月三〇日から昭和五三年九月三〇日までの間に第三者から営業料として取得した前記2の(五)の五三六万五四六五円を下らない利益を得ることができたはずである。ところが、被告が、村長として違法に使用権の管理を怠り、又は違法な契約を締結したことによって、滑川村は、少なくとも右の五三六万五四六五円を下らない得べかりし利益を失い、同額の損害を被った。
(二) ところで、滑川観光は、本件土地の造成工事をした業者に対し工事費用として二六万九〇〇〇円を滑川村に代わって支払い、また、原告の請求による後記監査結果に基づいて、滑川村に対し、本件土地の使用料として七一万六七四三円を納入した。
(三) したがって、滑川村は、(一)の損害金から(二)の填補金等を控除した四三七万九七二二円の損害を被ったことになる。
5 監査請求
(一) 原告は、昭和五四年二月一九日滑川村監査委員に対し、法二四二条一項の規定に基づき、本件土地の管理状態について違法・不当の疑義があるとして、監査請求をした。
(二) そして、前記3の予備的損害賠償責任(違法な契約の締結)の事実は、(一)の監査請求に基づく監査の結果、発覚したのであるから、原告は、右の事項について監査請求を経たことが明らかである。
(三) また、法二四二条二項に規定する当該行為の「終わった日」とは、その効力が相当期間継続するものについては、その効力が終了した日を指し、財産の貸付については、貸付期間の満了した日、又は貸付契約の解除された日を指すものと解すべきであるところ、滑川村と滑川観光との間の本件土地の使用貸借契約は昭和五四年九月三〇日に終了したのであるから、原告は、監査請求をなすべき期限を徒過していなかった。
6 監査の結果
(一) 滑川村監査委員は、昭和五四年三月二八日付け書面をもって原告に対し、次のように監査の結果を通知した。
(1) 滑川村は、本件土地を管理して収益の一部を当然村の収入とすべきであるのに、全くこれを収納していない。本件土地の管理が不十分である。
(2) 滑川観光の本件土地よりの受取営業料(営業外収益)は、昭和五〇年七月三〇日から昭和五三年九月三〇日までの間に合計五三六万五四六五円であり、疑いの事実があり、当を得ない。
(二) また、同監査委員は、昭和五四年三月二八日付け書面をもって被告に対し、次のように監査の結果に基づく要望又は措置を勧告した。
(1) 本件土地が法二三八条一項四号(民法二六五条、二六六条)による村の公有財産であることの認識を再確認するよう要望する。
(2) 法一四九条(六号)、二三八条の四第四、六項、二三七条二項、二二五条及び地方財政法八条等に基づき大至急に管理措置せられたい。
7 本件訴訟の提起
(一) 被告は、昭和五四年五月二六日付け書面をもって滑川村監査委員に対し、次のとおり回答した。
(1) 本件土地の使用権は民法二六五条に該当しないと思う。なお、本件土地が村の公有財産となるよう努力する。
(2) 本件土地が公有財産となった時点で要望に沿うよう措置する。なお、村への歳入については措置をした。
(二) 同監査委員は、同年八月四日付け書面をもって原告に対し、被告から(一)のとおり回答があったことを通知し、原告は、右の書面を同月六日に受け取った。
(三) 原告は、被告のした措置に不服があったので、同年八月三〇日浦和地方裁判所に対し、前記2の主位的損害賠償責任(違法に財産の管理を怠った事実)を原因とした損害賠償請求訴訟を提起し、次いで昭和五七年四月一六日予備的なものとして、前記3の予備的損害賠償責任(違法な契約の締結)を原因とした損害賠償請求訴訟を追加した。
(四) ところで、原告が主位的請求原因とした「違法に財産の管理を怠った事実」と予備的請求原因とした「違法な契約の締結」とは、社会的事実関係を同一にし、「請求の基礎」が同一であって、単に法律構成を異にするにすぎないから、原告の予備的損害賠償責任(違法な契約の締結)を原因とした損害賠償請求は、法二四二条の二第二項二号の規定に違反せず、適法なものである。
8 そこで、原告は、法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、滑川村に代位して被告に対し、主位的には違法に財産の管理を怠った事実による損害賠償として、予備的に違法な契約の締結による損害賠償として、前記4の(三)の損害金四三七万九七二二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日の昭和五四年九月八日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を滑川村に支払うことを求める。
二 被告の本案前の主張
原告主張の予備的損害賠償責任(違法な契約の締結)を原因とした損害賠償請求は、次の理由により不適法なものであるから、却下されるべきである。
1 原告は、被告が滑川村の村長として滑川観光との間に本件土地の使用貸借契約を締結した行為が違法なものであったと主張するのであるが、原告は、右の事項について法二四二条一項の規定による監査請求を経ていない。
2 法二四二条一項の規定による監査請求は、当該行為のあった日から一年を経過したときは、これをすることができない(法二四二条二項)ところ、原告は、昭和五四年二月に監査請求をしたというのであるから、その監査請求には既に契約締結時の昭和五〇年七月から三年余を経過した1の使用貸借契約締結行為の違法に関する事項は含まれていなかったはずである。
3 法二四二条の二第二項は出訴期間について不変期間を規定しているところ、原告の予備的損害賠償請求は、昭和五七年四月に至って新たに追加された訴訟なのであるから、法定の出訴期間を徒過したものである。
三 請求原因に対する被告の答弁
1 1の事実は認める。
2 2の(一)の事実は認める。
2の(二)のうち使用貸借契約の約定(3)についてはこれを否認し、その余の事実は認める。
2の(三)の事実は否認する。本件土地の使用権は、法二三八条一項四号の規定による「その他これらに準ずる権利」にも該当しないものであり、滑川村の公有財産に属するものではなかった。
2の(四)の主張は争う。滑川村の本件土地の使用権は、村の公有財産に属していなかった。
2の(五)のうち、被告が滑川村の村長として、みずから代表取締役に就任していた滑川観光に対し本件土地を無償で使用させ、滑川観光が本件土地を利用して収益を得た事実は認めるが、その余の事実は否認する。
2の(六)の主張は争う。
2の(七)の主張は争う。
3 3の(一)の事実は認める。
3の(二)の冒頭の事実は否認する。
同(二)の(1)のうち被告が滑川観光の代表取締役に就任した事実は認めるが、その余の主張は争う。
同(二)の(2)の主張は争う。
同(二)の(3)のうち、被告が村長として滑川観光との間に随意契約の方法により使用貸借契約を結んだ事実は認めるが、その余の主張は争う。被告が随意契約の方法を採用したことは正当であり、その理由は後記のとおりである。
3の(三)の主張は争う。
4 4の(一)の事実は否認する。
4の(二)のうち、滑川観光が滑川村に対し七一万六七四三円を納入した事実は認める。
4の(三)の事実は否認する。
5 5の(一)の事実は認める。
5の(二)の主張は争う。
5の(三)の主張は争う。その理由は前記二の2のとおりである。
6 6の(一)の事実は認める。
6の(二)の事実は認める。
7 7の(一)の事実は認める。
7の(二)の事実は知らない。
7の(四)の主張は争う。その理由は前記二の3のとおりである。
8 8の主張は争う。
四 被告の主張
1 滑川観光の性格
(一) 滑川観光は、昭和四九年七月四日、訴外財団法人公園緑地管理財団から国営武蔵丘陵森林公園(以下「森林公園」という。)の管理運営業務を受託施行することを主たる目的とし、発行済株式総数一四二〇株(資本額一四二〇万円)をもって設立された。
(二) 滑川村は、農業を中心とし、酪農・園芸業・小規模商工業等から成る農村地帯であったが、森林公園の開設に当たり、用地買収・建設工事・道路整備等について多大の協力をした。そのため村当局としては、村の発展と村民の生活確保のため、開設後の森林公園において管理・清掃・売店経営等の事業を村民の手に確保することが要請された。
地方公共団体は、企業経営を行うことができる(法二条三項)が、滑川村は、その経営形態を検討の上、第三セクターといわれる公民共同出資の法人を設立し、この法人の経営に関与して、間接的に村民の職場を確保し、事業収益を地元に還元することにより、村民の生活向上及び相互扶助を図ることとした。
そして、滑川村は、埼玉県の指導のもとに株式会社を設立する方法を採用することを決定し、後記の各種団体の協力を得た上、みずからも出資して滑川観光を設立した。
(三) したがって、滑川観光の株主は、実質的にみて、滑川村(出資額五〇〇万円)、訴外森林公園観光株式会社(同三〇〇万円)、訴外滑川農業協同組合(同二五〇万円)、訴外滑川商工協力会(同二〇〇万円)、訴外滑川酪農協力会(同七〇万円)、訴外滑川園芸協会(同一〇〇万円)の六団体から成っていたのであって、形式上右団体の各代表者個人が株主とされたのは、右団体のうちに法人格を有しない任意団体があったからである。
右団体は、滑川村民の利益を代表する者であり、各団体の決議に基づいて出資をなし、株主となったのであって、滑川村は、昭和四九年度予算案に滑川観光に対する出資金として五〇〇万円を計上し、昭和四八年三月一三日村議会において承認の決議を得た上、これを出資した。
また、滑川観光の株主が右のような構成であったところから、創立総会において各団体の代表者が取締役に選任され、更に取締役会において筆頭株主の滑川村の長であった被告が代表取締役に選任されたが、それは自然の成行であった。
なお、滑川観光の代表取締役は、その後被告から滑川商工協力会の会長訴外贄田開作に交替した。
(四) 滑川観光は、株主としての各団体に対し、毎年各出資額について六パーセントの割合による配当を行い、その収益を各団体を通じて村民に還元していたのであって、被告を含む取締役全員は、滑川観光から報酬を一切受け取っていなかった。
すなわち、滑川村は、滑川観光から配当として、昭和五二年六月二九日、昭和五三年六月二七日及び昭和五四年六月一四日の三回にわたって各三〇万円(ただし、源泉所得税として各六万円を控除された。)の交付を受け、右の各金員はいずれも村役場出納係に納入された。
(五) したがって、滑川観光は、その設立の経緯及び経営の実態からみて、経済的には滑川村に代わるものと認められるような性格を有していた。
2 本件土地の使用権の性質
(一) 滑川村は、昭和四九年六月一二日埼玉県及び東武鉄道との間で、森林公園駅北口交通広場の整備について「東武鉄道は、その負担において地上施設等を整備した上、駅前広場約七五〇〇平方メートル及び地上施設を滑川村に寄附する。埼玉県は駅前広場等について都市計画決定する。滑川村は、その負担において駅前広場を管理する。」などと相互に了解し、その際滑川村は、東武鉄道との間で、「東武鉄道は、駅前広場に面した本件土地を滑川村に有償譲渡する。」と申し合わせた。
その後滑川村は、東武鉄道との間で本件土地の譲渡価格について折衝を重ねたが、折合がつかず、契約を締結するまでに至らなかったものの、折衝の結果滑川村は、将来本件土地を無償若しくは廉価で取得することができるものと理解するに至り、被告も村長としてこれを強く期待した。
(二) 森林公園は、昭和四九年七月二二日開園したが、本件土地は空地として放置された。
そこで、被告は、村長として、本件土地を放置しておけば不衛生であるばかりでなく、他企業の進出もあり得るものと考え、将来東武鉄道からこれを取得することができるとしても、直ちに本件土地を占有管理するようにしておかなければ、所有権を完全に取得することが困難になるものと予測して、昭和五〇年四月三〇日東武鉄道に対し、「本件土地を廉価で譲り渡してほしい。それができなければ、当分の間本件土地を借地として使用させてほしい。」と申し入れた。
(三) そして、被告は、村長として、昭和五〇年六月二〇日東武鉄道に対し、「本件土地が公共用地として必要なため、これを無償で貸与してほしい。」と申し入れ、東武鉄道は、同年七月一二日滑川村に対し、「本件土地を次の条件で貸し付ける。」と承諾して、ようやく滑川村と東武鉄道との間に本件土地の使用貸借契約が成立した。
(1) 使用目的 滑川村公共事業用地
(2) 使用期間 昭和五〇年七月一日から一年間
(3) 条件 本件土地は他の目的に使用しない。本件土地使用に当たり生じた事故その他については、一切借主たる村の費用と責任において処理する。使用期間満了の時は原状に回復して返還する。一時使用料は無料とする。
(四) その後滑川村は、一年の期間満了時毎に東武鉄道に対し、「本件土地を継続して貸与してほしい。」と申し入れ、東武鉄道は、これを明示又は黙示に承諾して、本件土地の使用貸借契約は、一年毎に更新されてきた。
(五) ところが、本件土地の使用権の性質に関して議論が起こり、原告が監査請求をするなどしたため、一連の紛糾が新聞で報道されるに至った。
そこで、被告は、村長として、紛争を解決するには、滑川村が本件土地を有償取得してこれを公有財産とすることが最適であると考え、昭和五四年六月二八日東武鉄道に対し、「現在の一時使用では管理・利用等において支障があるので、本件土地を譲り渡してほしい。なお、結論が出るまでは従前通り一時使用を承諾してほしい。」と申し入れたところ、東武鉄道は、同年七月二五日滑川村に対し、「本件土地は鑑定評価額をもって売り渡す。現在問題が提起されているので、一時使用契約は更新しない。同年八月二〇日までに原状に復して本件土地を返還されたい。」と回答した。
そのため滑川村は、同年八月二〇日東武鉄道に対し、本件土地を原状に復して返還した。
(六) したがって、滑川村が東武鉄道との間の使用貸借契約に基づいて取得した本件土地に対する使用権限は、契約締結の経緯及び契約内容からみて、本件土地の一時的な使用権にとどまるものというべきであり、しかも、借主には本件土地の使用目的が制限されていた上、貸主から期間満了等により返還を求められるときには、原状に復してこれを返還すべき義務が課せられていたのであるから、このような使用権をもって法二三八条一項四号の規定する「その他これらに準ずる権利」に該当するものとは到底いえないのであって、本件土地の使用権は、滑川村の公有財産に属するものではなかったのである。
3 滑川村と滑川観光との間における本件土地の使用貸借契約
(一) 滑川村は、本件土地の使用権を取得したが、その主たる目的が将来本件土地の所有権を取得するための布石として、一時的にせよ占有権原を確保することにあった上、使用目的に制約があったので、被告は、村長として、本件土地の管理を如何にするかについて苦慮した。
滑川村は、本件土地を一時使用の目的で借り受けたのであるから、本件土地の上に普通建物を建築することはできなかったし、また、事実上本件土地を第三者に賃貸することもできなかった。なぜならば、滑川村が本件土地を第三者に賃貸するとすれば、滑川村は、将来本件土地の所有権を取得してこれを使用する必要が生じたときに、第三者との間の賃貸借契約を解消しなければならなくなり、その際第三者から賃借権をたてに明渡しを拒絶されたり、多額の補償を要求されたりするおそれがあったからである。その上、滑川村が本件土地を第三者に賃貸すれば、東武鉄道から、転貸を理由に本件土地の使用貸借契約を解除されることも予測された。
(二) そこで、被告は、村長として、次のような理由により本件土地の管理を第三セクターともいうべき滑川観光に委託するのが最も妥当であると考え、昭和五〇年七月ころ滑川観光との間に、本件土地について使用貸借契約を結んだ。
(1) 滑川観光は、前記四の1のような経緯で設立された株式会社であり、滑川村のかいらい的性格を有している。
(2) 滑川観光は、滑川村のために本件土地を管理するのであるから、東武鉄道から転貸の責任を追及されることはない。
(3) 滑川観光との間では、使用貸借契約を何時でも無条件に解消することができ、滑川村は、容易に本件土地の使用権を回復することができる。
(4) 滑川村は、本件土地を管理するための職員等を派遣する必要がない。
(5) 滑川村は、滑川観光を通じて、本件土地を現実に管理することができ、かつ、森林公園利用客の実態を把握することができて、将来の利用計画を立てるのに役に立つ。
(三) 被告は、村長として滑川観光との間に、随意契約の方法によって本件土地の使用貸借契約を結んだが、被告が随意契約の方法を採用したことは、次の理由により正当なものであった。
(1) 地方公共団体は、「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」又は「競争入札に付することが不利と認められるとき」には、随意契約によることができる(法二三四条二項、法施行令一六七条の二第一項二号、四号)。
(2) 滑川村の本件土地の使用権は、期間を一年とした一時的な使用権にすぎなかったものであり、本件土地は、滑川村がこれを有償取得することを期待していたものである。
したがって、滑川村は、本件土地を第三者に一時使用させるとしても、村で必要が生じたときには、随時本件土地の明渡しを請求することができること、及びその明渡しが容易に、かつ、立退料等の支払を要しないで実行されることなどを絶対的な条件とすることが必要であった。
(3) それ故に、滑川村が第三者との間に本件土地について使用貸借契約を結ぶに当たって、これを競争入札に付すことは、目的及び性質の点において不適当であったばかりでなく、村に不利益をもたらすものであった。
そして、滑川観光は、前記のような経緯で設立された株式会社であり、滑川村との間に密接な関係を有する法人であったから、使用貸借契約を結ぶのに最も適した相手方であった。
(四) 滑川村は、滑川観光に本件土地を使用させることとしたが、それは暫定的な措置なのであって、滑川観光からその対価を取得しようとは考えていなかった。
滑川観光も、当初は本件土地の使用によって採算のとれる収益を挙げ得るか危惧していたが、暫くして貸自転車業が成功し、予想外の収益を得るに至った。
4 監査の結果に基づく措置
(一) 被告は、原告の監査請求(前記一の5の(一)のとおり)による滑川村監査委員の監査の結果、同監査委員から、必要な措置を講ずべきことを勧告された(前記一の6のとおり)。
(二) そこで、被告は、その勧告に従い、滑川観光と折衝して、滑川村のために滑川観光から本件土地の使用料として、次のとおり昭和五四年五月一八日から同年一〇月三〇日までの間に合計七一万六七四三円を遡及して徴収した。
徴収日
区分
徴収金額
五月一八日
昭和五〇年度分
二万二〇六〇円
同五一年度分
一七万一九一一円
同五二年度分
二〇万九七四二円
同五三年度分
一七万四五〇六円
五月二九日
同五四年五月分
二万四二六六円
六月二七日
同五四年六月分
四万六八二四円
七月三一日
同五四年七月分
二万九一八九円
八月三〇日
同五四年八月分
一万一二〇九円
九月二八日
同五四年九月分
一万三三五七円
一〇月三〇日
同五四年一〇月分
一万三六七九円
(三) なお、被告は、村長として監査委員の勧告に従い、滑川村のために滑川観光から本件土地の使用料を徴収したのであり、滑川村がこれを徴収したことによって本件土地の使用権の性質が村の公有財産に属するものに変質したことにはならないのである。
第三証拠関係《省略》
理由
一 当事者
原告主張の請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 原告主張の主位的損害賠償責任(違法に財産の管理を怠った事実)の存否について
1 滑川村と東武鉄道との間における本件土地の使用貸借契約
原告主張の請求原因2の(一)の事実並びに同2の(二)のうち、滑川村が東武鉄道から駅前広場の引渡しを受け、これを管理するに至った事実及び滑川村が昭和五〇年七月ころ東武鉄道との間に、東武鉄道所有の本件土地について期間を一か年とし、使用料を無償とした使用貸借契約を結び、そのころ東武鉄道から本件土地の引渡しを受けた事実は、いずれも当事者間に争いがない。また、右の使用貸借契約が一年毎に更新されてきた事実も当事者間に争いのない(原告主張の請求原因2の(三)及び被告の主張四の2の(四))ところ、《証拠省略》によれば、右の使用貸借契約は、昭和五〇年七月一日から始まって、昭和五四年一〇月三〇日ころ終了した事実を認めることができる。
2 本件土地の使用権
(一) 原告は、本件土地の使用権が実質的にみて所有権に近似した物権的性質を有していたから、それが法二三八条一項四号の規定による「地上権に準ずる権利」に該当し、滑川村の公有財産に属するものであったと主張するので、これについて検討する。
(二) そこで、まず、滑川村と東武鉄道との間において本件土地の使用貸借契約が締結されるに至った経緯について調べるに、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、その認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) 滑川村は、昭和四九年六月一二日埼玉県及び東武鉄道との間で、森林公園周辺整備事業にかかる森林公園駅北口交通広場の整備について協議をなし、了解事項として、「東武鉄道は、北口交通広場として、その費用負担において、土地八七六〇平方メートル及び地上施設を整備する。東武鉄道は、整備完了時に、右土地のうち約七五〇〇平方メートル及び地上施設を滑川村に寄附する。埼玉県は、右の寄附履行後に、右土地八七六〇平方メートルについて都市計画の決定をする。滑川村は、都市計画決定された駅前交通広場を村の費用負担において管理する。」などと合意するとともに、申合せ事項として、「東武鉄道は、駅前広場に面する東武鉄道用地約三一四平方メートルを有償譲渡する。残り約五五〇〇平方メートルの土地利用計画については、東武鉄道の意向を尊重する。」などと合意した。
(2) 東武鉄道は、昭和五〇年七月一七日滑川村に対し、駅前広場約七五〇〇平方メートル及び地上施設を寄附すると申し入れ、滑川村は、同月二五日右の寄附を受け入れることについて村議会の同意を得た上、東武鉄道から右の寄附を受けた。
(3) 森林公園は、昭和四九年七月二一日ころ開園され、これを利用する者(以下「利用客」という。)がやって来るようになった。
滑川観光は、同月四日に設立されていたが、滑川村は、東武鉄道が駅前広場の整備作業を進めるにつれ、東武鉄道との間に正式の契約を結ぶまでに至らないうちに、前記(1)の了解事項及び申合せ事項の合意を頼りにして、同年一〇月ころ駅前広場に面した本件土地付近を滑川観光に無償で使用させることとした。
滑川観光は、そのころ本件土地付近に土盛りをするなどしてこれを平坦に整地した上、水道及び電気の各施設を整備して、地上に三張りのテントを張り、これを店として、そのころから森林公園の利用客に園芸品等の土産物を売るようになった。
(4) 滑川村は、東武鉄道から駅前広場の寄附を受け、これを管理することとなったが、これを維持管理するには多額の費用を要することが予測された。そのため被告は、村長として、早くから東武鉄道に対し、「駅前広場の管理費用を捻出するための施設を設けるための用地とするのであるから、駅前広場に面した土地約二九七平方メートル(九〇坪)を、東武鉄道の取得価格に、その利息相当額及び土地の維持管理費を加算した程度の低廉な価格で譲り渡してほしい。」と申し入れ、東武鉄道との間でその譲渡価格について折衝を重ねていたが、東武鉄道は、被告に対し、「滑川村に駅前広場約七五〇〇平方メートルを寄附する上に、駅前広場に面した土地約二九七平方メートルを廉価で譲り渡すこととすれば、その譲渡について多額の税を課せられるおそれがあるから、被告の申入れに今直ぐ応ずるわけにはいかない。」との回答を繰り返すばかりであったので、折衝は進展しなかった。
そのうちに他の企業が森林公園周辺に進出して営業活動を始めるのではないかと予測される事態になったので滑川村は、右の土地について法律関係を明確にしておくことが必要であると考え、昭和五〇年四月三〇日付け書面をもって東武鉄道に対し、「右の土地約二九七平方メートルを右のような低廉な価格で至急譲り渡してほしい。なお、直ぐにその手続ができない場合には、当分の間借地として使用させてほしい。」と申し入れた。
(5) 東武鉄道は、滑川村に対し、「右の土地を直ちに譲渡することはできないので、これを無償で一時使用させることとしたい。」と回答し、「それには内部手続上、使用目的を公共事業用地としておきたい。」と申し入れた。
そこで、被告は、村長として、昭和五〇年六月二〇日東武鉄道に対し、「本件土地が公共用地として必要なため、これを無償で貸与してほしい。」と申し入れ、東武鉄道は、同年七月一二日滑川村に対し、「本件土地を次の要領により一時使用させることを承諾する。」と回答して、ここに滑川村と東武鉄道との間に、本件土地について次の約定による使用貸借契約が成立した。
(イ) 土地の表示 本件土地
(ロ) 使用目的 滑川村公共事業用地
(ハ) 使用期間 昭和五〇年七月一日から一か年間
(ニ) 条件 本件土地は(ロ)の使用目的にのみ使用し、他の目的に使用しないこと。本件土地使用に当たり生じた事故その他については、一切村の費用と責任において処理すること。使用期間満了と同時に原状に復し、返還すること。一時使用料は無料とする。
(6) 滑川村は、東武鉄道から本件土地を借り受けるに当たって、本件土地の上に、森林公園の利用客を相手とする案内所、休憩所、売店等の仮設的工作物を設置することについて、東武鉄道の承諾を得た。
そこで、被告は、村長として、本件土地の利用方法を具体的に策定していたのではなかったが、昭和五〇年七月二五日村議会に対し、「森林公園利用客のサービスと村内観光物産の振興及び商業の振興を図ることを目的として、本件土地の上に村の店舗を建設することについて」議決を求め、提案理由について、「本件土地については、今のところ村が直接直営でやるという考えはない。これをどのように運営するかは、今後の問題である。」などと説明した上、同日右の議案について村議会の議決を得た。
そして、滑川村は、間もなく二階建店舗の簡略な設計図を作成してみたが、調査の結果採算を取ることができるような見込みがなかった上、東武鉄道から本件土地の譲渡を受ける見通しも付いていなかったので、本件土地の上に店舗を建設する計画を具体化して、これを実行するまでに至らなかった。
(三) 次に、その後の経過について調べるに、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、その認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) 滑川村は、昭和五〇年七月ころ本件土地を滑川観光に無償で貸し付けた。
滑川観光は、埼玉県東松山保健所を通じて、同月一〇日本件土地において飲食店営業及び乳類販売業(いずれも自動販売機による営業を条件とするもの)を営むことにつき、同月一六日本件土地において食料品販売業を営むことについてそれぞれ許可を受け、そのころ従前のテントの店三張りを補強し、従業員二名を置くなどして、清涼飲料水・ラーメン等の販売業を始めたほか、本件土地の一部を訴外江森たま、同小久保守蔵及び同早川歳雄の三名に使用させ、江森は土産物・食料品の販売業、小久保はアイスクリーム・氷水・焼そば等の販売業、早川は貸自転車業をそれぞれ営むようになった。
(2) 滑川村は、駅前広場の清掃管理を業者に委託していたが、その清掃管理委託料として、昭和五三年度一般会計予算書に一六〇万円を計上し、昭和五四年度一般会計予算書に一七〇万円を計上した。
昭和五三年三月の村議会において、議員から、「住民らから本件土地の上に日用品などの買物のできる店舗を建設してほしいという要望があるが、東武鉄道との交渉はどのように進展しているのか。」との一般質問があり、被告は、これに対して、「村で建物を造ることについては、東武鉄道に異論はないと思う。ただ借地に造ることになると、いろいろ問題がある。滑川観光を通じて森林公園利用客の動向を見たが、利用客相手では店が成り立たないことがはっきりした。将来区画整理等を実施するときに、建物のことを考慮したい。村有に関する土地に関連するので、慎重に処置したいと考えている。」と答弁した。
(3) 原告は、昭和五四年二月一九日滑川村監査委員に対し法二四二条一項の規定に基づく監査請求(その詳細は後記のとおり)をなし、同監査委員は、同年三月二八日付け書面をもってそのころ原告及び被告に対し、原告主張の請求原因6の(一)及び(二)のとおり監査の結果を通知し、これに基づく措置を勧告した。
被告は、これに基づき、村長として、同年四月二五日滑川観光に対し、本件土地の一時使用に関する認諾書を差し入れ、同月二八日滑川観光から、本件土地をいつでも村に返還する旨の念書を徴して、その法律関係を明確なものにした上、同年六月二八日付け書面をもって東武鉄道に対し、「本件土地については、現在の一時使用では管理・利用等において支障があるので、更新の時期が到来したこの際、昭和四九年六月一二日に合意した申合せ事項に基づき、これを村に譲渡下さるよう意見を伺いたい。なお、結論が出るまでは、従前通り一時使用を承諾してほしい。」と申し入れた。
(4) ところが、東武鉄道は、昭和五四年七月二五日付け書面をもって滑川村に対し、「本件土地の譲渡については、鑑定評価によって売買価格を定めたい。本件土地の利用については、現在問題提起がなされているため、更新することを拒絶する。従前の使用貸借契約は、同年六月三〇日をもって期限が切れたので、同年八月二〇日までに原状に復して本件土地を返還されたい。」と回答した。
滑川村は、同年八月一八日付け書面をもって東武鉄道に対し、善処方を申し入れたが、これを受け容れてもらえなかったので、同年九月七日滑川観光に対し、「本件土地を同月三〇日までに原状に復して返還してほしい。」と申し入れた。
(5) そこで、滑川観光は、本件土地に設置したテントの店等を撤去して、本件土地を滑川村に返還し、昭和五四年一〇月二六日東松山保健所長に対し、同月二〇日をもって飲食店営業・乳類販売業・食料品販売業を廃業した旨を届け出た。
そして、滑川村は、同月三〇日ころ東武鉄道に対し、本件土地を更地にして返還した。
(四) 右の(二)及び(三)に認定した事実に基づいて考えるに、滑川村は、昭和四九年六月一二日東武鉄道との間に、「滑川村は、整備完了後に東武鉄道から駅前広場約七五〇〇平方メートル及び地上施設の寄附を受け、これに伴い駅前広場に面した本件土地(ただし、当時は未確定のもの)を有償で譲り受ける。」との合意をなし、昭和五〇年七月一二日東武鉄道との間に本件土地の使用貸借契約を結んで、これを借り受けた上、同月二五日ころ東武鉄道から駅前広場の寄附を受けたものであるところ、滑川村は、駅前広場の寄附を受けることに伴い、その管理費用捻出のための施設を設けるため、東武鉄道から本件土地を早急に取得したいと考え、東武鉄道と折衝を重ねたものの、その譲渡価格について折り合いが付かず、折衝が難航しているうちに、他企業の進出が予測されるなどして、本件土地の法律関係を明確にしておく必要に迫られ、取りあえず東武鉄道との間に本件土地の使用貸借契約を結ぶこととしたものであり、また、滑川村は、本件土地の使用貸借契約について、その使用目的を村の公共事業用地に限るものと約定し、地上に森林公園利用客相手の案内所、休憩所、売店等の仮設的工作物を設置することの承諾を得たのであるが、本件土地の使用貸借契約は使用料を無償とし、一年毎に更新されるものであった上、地上に設置することのできる工作物は仮設的工作物で、何時でも容易に撤去し得る程度の構造をもつ物に限られていたのであって、そのために村としても、他の理由(採算が合わないことなど)を伴っていたとはいうものの、本件土地の上に永続的構造をもつ店舗を建設する計画を具体化することに踏み切れないでいたのであるから、右のような事情に照らせば、滑川村の本件土地に対する使用権限は、仮設的工作物の設置を許容された一時的な使用権にとどまるものであったと認めるのが相当であり、これをもって通常の建物の所有を目的とする地上権に準ずるような物権的性質を備えた使用権であったと認めることは、到底できないものというほかない。
(五) ところで、法二三八条一項は、「公有財産とは、普通地方公共団体の所有に属する財産のうち次に掲げるものをいう。」と規定して、公有財産として運用管理すべきものの範囲を限定しているのであり、また、同項四号の規定による「その他これらに準ずる権利」としてこれに包含されるものは、そこに例示されている権利の性質に照らし、用益物権又は用益物権的性質を有する権利に限られるものと解するのが相当である。
したがって、滑川村の本件土地の使用権は、前記説示のような性質のものであったのであるから、同項四号の規定による「地上権に準ずる権利」に該当するものではなかったのであり、また、「その他これらに準ずる権利」に該当するものでもなかったというべきである。
すなわち、原告主張のように滑川村の本件土地の使用権が村の公有財産に属するものであったとは、これを認めることができないものというほかない。
3 財産の管理を怠る事実
(一) 法二四二条一項の規定による「財産」とは、法二三七条一項の規定による「財産」を指すものと解すべきであるところ、滑川村の本件土地の使用権は、村の公有財産に該当するものでなかったのであるから、法二四二条一項の規定による「財産」に該当するものでもなかったというべきである。
(二) したがって、仮に被告が村長として本件土地の使用権の運用管理を怠ったことがあったとしても、これをもって法二四二条一項の規定する「財産の管理を怠る事実」に該当するものということはできなかったのであるから、滑川村の住民が同条項に基づいて、村長としての被告に財産の管理を怠った違法又は不当な事実があったとして、監査委員に対し監査請求をしたことは、当を得ないものであったというべきである。
なお、滑川村監査委員は、原告の監査請求を正当なものとし、その理由があると認めて、村長であった被告に対し必要な措置を講ずべきことを勧告するとともに、当該勧告の内容を原告に通知したのであるが、監査委員が右のような措置を講じたことは、当裁判所の判断に何ら影響を及ぼすものでない。
4 損害賠償責任
してみれば、被告が滑川村の村長として違法に財産の管理を怠ったとの事実は、これを認めることができないのであるから、被告にはその怠る事実によって滑川村の被ったという損害を賠償すべき義務がないものというべきである。
すなわち、原告は、監査委員の勧告による被告の措置に不服があったとしても、法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、滑川村に代位して被告に対し損害賠償を請求する権限を有しないものというべきであるから、原告主張の主位的損害賠償責任(違法に財産の管理を怠った事実)を原因とする主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当なものというほかない。
三 原告主張の予備的損害賠償責任(違法な契約の締結)の存否について
1 予備的請求
原告は、昭和五四年八月三〇日被告の違法に財産の管理を怠った事実を主位的損害賠償責任原因として本件訴訟を提起し、次いで昭和五七年四月一六日被告の違法な契約の締結を予備的損害賠償責任原因として訴訟を追加した。
ところで、原告は、追加した請求が当初の主位的請求との関係において予備的請求に当たると構成しているのであるが、原告の本件訴状には、原告が主位的及び予備的損害賠償責任として主張した事実がこん然一体として記載されているのであって、その記載内容を客観的に考察すれば、原告は、法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、滑川村に代位して被告に対し損害賠償を請求することを主眼としたものであり、その責任原因に当たるものとして指摘した事実は、すべてその請求を理由あらしめる事実として主張する意図であったものと読み取ることができないではない。すなわち、原告が主位的及び予備的請求に当たると構成する本件訴訟は、これを一個の請求にすぎないものと解することもできないわけではない。
しかし、当事者双方が原告の追加した請求を予備的請求に当たるものと構成して、その攻撃防禦を尽くした訴訟の経過にかんがみ、当裁判所もこれを予備的請求に当たるものと認めて判断を進めることとする。
2 監査請求
(一) 原告主張の請求原因5の(一)の事実は当事者間に争いがない。
(二) ところで、原告がいかなる事項を対象として監査を請求したのかは、これを明らかにする資料がないが、《証拠省略》によれば、原告は、「滑川村は、東武鉄道から本件土地を無償で移管するという約束で現在これを管理しているのであるから、本件土地の収益の一部は村の歳入に入るべきものであるのに全く入っておらず、滑川観光に入っている疑いがあるので、監査を求める。」と申し出たものであり、監査の対象とされた事項は本件土地の管理情況及び使用状況であった事実を認めることができる。
したがって、右の事実によれば、監査の対象事項とされた「本件土地の管理状況」のうちには、滑川村と滑川観光との間における契約関係の違法又は不当に関する事項が包含されていたものと認めるのが相当であるから、原告は、被告の違法な契約の締結に関する事項についても監査請求を経由したものということができる。
(三) もっとも、《証拠省略》によれば、滑川村監査委員は、滑川村と滑川観光との間の本件土地の使用貸借契約締結行為の違法又は不当に関する事項については明示的な判断を示さず、右使用貸借契約の存否及び効力についても説示をしないで、単に「不況増大等の社会経済情勢の急変悪化と急迫した村財政より放置情況で現在となり、法一四九条六号等より管理が不十分である。」と説示したにとどまった事実を認めることができるけれども、監査の対象事項とされた「本件土地の管理状況」とは、本件土地の管理行為に関する一切の事項を包含するものであって、その中には被告が村長として第三者との間に結んだ契約に関する契約締結行為の適否、契約の効力の存否の問題も含まれていたと認めるのが相当であり、監査委員としては、被告が村長として滑川観光との間に結んだ使用貸借契約を前提として、被告のした管理行為について監査をしたものと推認するのが相当である。
(四) また、法二四二条二項の規定による監査請求の提起期間については、本件土地の使用貸借契約のように継続的性質を有する契約関係の場合、同条項にいう「当該行為の終わった日」を、「当該契約関係が終了した日」と解するのが相当であるから、本件土地の使用貸借契約が継続していた時になされた原告の監査請求は、同条項の規定に違反せず、適法なものであったというべきである。
3 出訴期間
(一) 原告が昭和五七年四月一六日に至って予備的請求を追加したことは、前記1に説示したとおりである。
(二) しかし、原告の訴状の記載事項を仔細に点検すれば、原告が被告のした使用貸借契約締結行為の違法事由として請求原因3の(二)の(1)ないし(3)に掲げている主張事実については、既に訴状においてその概要が摘示されていたものと認めることができる。
すなわち、原告は、訴状において、「被告は、滑川村の村長として村有財産の管理事務を担任する者であったから、本件土地の使用権を常に良好の状態においてこれを管理し、最も効率的にこれを運用しなければならなかったのであり、また、条例又は議会の議決によるのでなければ、これを適正な対価なしで貸し付けてはならない義務を負っていた。しかるに、被告は、みずから代表取締役に就任した滑川観光の利益を図る目的で、昭和五〇年七月から今日に至るまで本件土地の利用を滑川観光のなすがままに放置した。すなわち、被告は、条例や村議会の議決に基づくものでなかったのに、村に損害を加えることを知りながら、あえて何らの対価も徴することなく、滑川観光に本件土地を利用させ、収益を挙げさせているが、村としてそのようにすべき筋合いは全くないのであるから、被告が右のように村有財産の管理を放置し続ける状態は、地方財政法八条、法二三七条二項等の規定に違反し、違法である。」と主張し、被告の締結した滑川観光との間の本件土地の使用貸借契約が違法であることを指摘しているのである。
(三) したがって、原告が昭和五七年四月一六日に「予備的に請求原因を追加する。」と主張したことについては、原告が既に概括的に主張していた事実関係について、改めてこれを法律要件に適合するように構成することとし、欠けていた事実を補充するなどして、これを補正する意図の下になしたものにほかならないと認めるのが相当である。
(四) してみれば、原告の予備的請求は、事実上当初から提起されていたものと認めることができることにより、法二四二条の二第二項の規定に違反せず、適法なものというべきである。
4 契約締結行為の違法性
(一) 原告主張の請求原因3の(一)の事実は当事者間に争いがない。
ところで、滑川村と滑川観光との間の本件土地の使用貸借契約については、契約締結日、契約内容等を明らかにする資料が存在しないのであるが、前記二の2の(二)及び(三)に認定した事実、《証拠省略》によれば、右の使用貸借契約は、滑川村と東武鉄道との間の本件土地の使用貸借契約に対応させて、昭和五〇年七月一二日ころ、期間を同月一日から一か年と定めて締結され、その後一年毎に更新されてきたものと認めるのが相当である。
(二) 法一四二条
同条の規定による「請負」とは、民法所定の請負の観念より広く、業務として行われる営利的な取引契約をすべて含むものと解すべきであるとしても、原告主張の滑川観光が滑川村から森林公園駅前広場の清掃事業などを請け負っていたとの事実は、これを認めるに足りる証拠がない。
したがって、被告が滑川観光の代表取締役に就任したことをもって同条の規定に違反するものと断ずることはできない。
(三) 民法一〇八条
前記認定のとおり被告は、滑川村の村長及び滑川観光の代表取締役を兼ねる者として、すなわち双方の法人の代表者として本件土地の使用貸借契約を結んだものである。
しかし、《証拠省略》によれば、滑川村は、本件土地を滑川観光に無償で使用させることを容認していたものと認めることができるのであるから、被告の右の行為をもって違法なものと断ずるのは相当でない。
(四) 随意契約
(1) 被告が村長として滑川観光との間に随意契約の方法により本件土地の使用貸借契約を結んだ事実は当事者間に争いがない。
(2) 滑川観光の性格
《証拠省略》によれば、滑川観光は、被告の主張1の(一)ないし(三)のような経緯によって設立され、被告がその代表取締役に選任された事実を認めることができる。
(3) 法施行令一六七条の二第一項一号
原告は、本件土地の適正賃料が年額三〇万円をはるかに超えるものであったから、随意契約の方法によることができなかったと主張するのであるが、被告は、村長として滑川観光との間に本件土地の貸借契約を結ぶに当たり、その使用料を無償とするものと予定したのであるから、原告の右の主張は当を得ないものというほかない。
(4) 法施行令一六七条の二第一項二号、四号
前記認定のとおり滑川村は、東武鉄道との間に「将来本件土地を有償で譲り受ける。」と約定していたが、その譲渡価格について折衝が難航し、早急に法律関係を明確にしておく必要に迫られて、東武鉄道との間に本件土地の使用貸借契約を結んだのであり、使用貸借契約は期間を一か年として一年毎に更新するものであった上、地上に設置することのできる工作物を仮設的な構造物に限定し、何時でも容易にこれを撤去して土地を明け渡すことができるような状態を保持しておくことが必要なものであった。
そのため滑川村としては、第三者との間に本件土地の使用貸借契約を結ぶとしても、単に使用料を無償とするばかりでなく、必要が生じたときには随時本件土地の明渡しを請求することができ、しかも、その明渡しを容易かつ経済的損失なしに実行することができることが必要であった。
したがって、滑川村が本件土地の使用貸借契約を結ぶに当たって、これを競争入札に付すことは、その性質及び目的の点において適しないものであったばかりでなく、不利なものであったということができる。もっとも、本件土地を無償で貸し付けるという場合には、競争入札の方法を採用する余地もなかったといえそうである。
(5) そして、前記認定のとおり滑川観光が滑川村との間に形式的にも実質的にも密接な関係を有していたことからみて、被告が契約の相手方として滑川観光を選択したことは正当なものであったと認めることができ、したがって、被告が村長として随意契約の方法により使用貸借契約を結んだことは適法であったということができる。
(五) 法二三七条二項
同条項の規定による「財産」とは、公有財産をいうものであるところ、本件土地の使用権が滑川村の公有財産に属するものと認められないことは前記説示のとおりであるから、被告が同条項の規定に違反する行為をしたという原告の主張は失当なものである。
(六) 法一三八条の二、地方財政法二条一項、八条
これらの条項は、普通地方公共団体の執行機関がその権限に属する事務を管理し、執行するに当たっての根本基準を規定しているものであるところ、原告は、被告が村長として本件土地を滑川観光に無償で貸し付け、その使用料を徴しようとしなかったことが右の各規定に違反し、違法であったと主張する。
しかし、前記(四)の(4)に説示したように本件土地の使用権は、仮設的工作物の設置を許容された一時的な使用権であったにすぎず、これを管理するには厳しい制約が課せられ、殊に本件土地を第三者に貸し付けるについては、原状回復のために十全の措置を講じておくべきことが要請されていたのであるから、被告が村長として本件土地を、滑川村と密接な関係を有していた滑川観光に対し、何時でも原状の回復を求めうる措置を講じた上、使用料を徴しないこととして貸し付けたことは、適切な措置であったものと評価するのが相当である。
もっとも、滑川観光は、前記2の(三)の(1)及び(5)に認定したとおり昭和五〇年七月中旬から昭和五四年一〇月二〇日まで本件土地において、みずから又は江森たまらを通じて飲食店営業等をなし、《証拠省略》によれば、滑川観光は、その間に江森たまらから営業料という名目で、原告主張の請求原因2の(五)のとおり合計五三六万五四六五円の収益を得た事実を認めることができ、判断するまでもなく、失当なものというべきである。
四 結論
よって、原告の主位的及び予備的請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加藤一隆 裁判官 小林敬子 坂部利夫)
<以下省略>